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深くなる闇の中で育つ子どもたち
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     私は今現在、『いわきの初期被曝を追及するママの会』での活動がメインになっており、なかなかこちらのブログをアップすることができていないのですが、それでもこのブログのアクセス数は維持されており、どのような方がこのブログを読んでくださっているのかしらと、少し不思議に思っていました。

    そのような中、今日、初めて出会ったママが、このブログの随分前からの読者であると聞いて、『あなたでしたか〜』と、感動してしまいました。

    そのママは、原発事故後、他県からいわき市に移り住んだママで、赤ちゃんを抱えてこの地に来ることが決まってから、とにかくこちらの様子を知りたいと、『いわき市 母親』というワードで検索をかけて、このブログに出会ったそうです。

    かなり具体的な細かいことが書いてあると、メディアとは異なる情報に、ずっと注目をし、更新を楽しみにして下さっていたそうです。

    そのママが、どれほどの不安を抱えてここに来たかということは、ずっとここに暮らす私たちからは想像もできないようなものであったと思います。

    しかし、ここに来てみると、のんびりとした空気が流れていて、危機感のないように見える市民の様子や、無防備に遊ぶ子どもたちの様子に、目を疑ったそうです。

    『独身時代であればそんな風には思わなかったと思うけれど・・・やはり子どもを産んでからは守るべきものができたことで意識が大きく変化した。この子を守っていくためには情報を得て学ばなければならない。』

    そう思った彼女は、ここで子育てをしていくにあたっての注意点や、必要な情報を知りたいと、窓口になっているところに『教えてほしい』と足を運んだりしたそうなのですが、返ってくる答えは耳を疑うようなものだったと話してくれました。

    『まだ不安に思いますか?』

    『お母さん同士の場では、あまりそういう話をしないほうがいいですよ』


    私がこのような活動を始めようと思ったきっかけは、原発事故が起こったすぐあとに、例年通りに始業式が行われるという学校からの連絡を聞き、もう子どもたちはこの国から見放されたということに気付いてしまったからです。

    周囲の反応はそれに従うばかりで声を上げる気配もなく、私は砂漠のど真ん中にひとり立たされたように感じ、体中から血の気が引くほどの孤独感を覚えました。

    彼女もその時同じような感覚を持ったそうです。

    知り合いもいない土地の、しかも原発事故の被害を受けた場所で、生まれたばかりの子どもを抱え、この先どのようにして守っていったらいいのかと不安でいっぱいだった時、そのような冷たい言葉を受け止めた彼女の悲しみや孤独は、どれほどのものだったのかと思います。

    今はもう不安に思っている母親は居ないはずという決めつけは、このようにして私たちを苦しめます。

    何を持ってもう大丈夫なのかと思いますが、それを問えば、今現在の空間線量が事故当時よりも下がったことや、他の地域と比べれば低いことなどを説明されます。

    私たちは初期被曝の問題を抱えており、その影響は関東までも及ぶものです。

    今の線量のみに注目をして、もう大丈夫だと言ってしまうというのは、実際にある問題を直視せず、蓋をしてやり過ごそうとしていることです。

    原発事故の被害を受けたというのに、2年半という時間が過ぎればこんなにも問題は風化してしまいます。

    目に見えないということは、こういうことです。

    『捉え方は人それぞれ』

    『選ぶのはみなさんです』

    無責任に響く冷たい言葉は母親たちを突き放し、子どもの大切な未来を預かっているという、責任を感じればこその思いは理解されることなく特別なものとされています。

    このような対応があったということは、問題視をする必要があると思います。

    子どもを育てる母親に寄り添うということは、本来ならば最優先にされなければならないことです。

    不安を抱えながらもそれを表すこともできないような雰囲気をつくってしまう閉鎖的な今の状況は、目には見えない深い闇の世界をつくることになり、それはやがて深刻な問題に繋がっていくのではないかと危惧しています。

    人の心は、目に見えるものではありませんが、潜在的に膨らんでいくその弱い部分に目を向けず、このまま闇に葬ってしまうことは危険です。

    震災後のいわき市の児童虐待についての相談件数は2倍になり、それは、人々の不安のしわ寄せは弱者に向けられることを表しているように感じます。

    【増える児童虐待 避難都市 ゆがむ母子】
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130916/dst13091607000003-n2.htm

    孤独な母親の救済が子どもたちの救済に繋がるという思いは、更に増します。

    このママに出会えたことに感謝しつつ、どのような形で実現するか分からない出会いを、もっと積極的なものにしていく必要性を感じ、焦ります。

    ひとりで不安を抱えているママとの出会いを望んでいます。

    ご連絡を、お待ちしています。

    連絡先:maeveherb2@yahoo.co.jp  090-7065-8196(ちば)

    posted by: クリキンディ | 母親たちの苦悩 | 20:19 | - | trackbacks(0) | - | - |
    浮き彫りになったパートナーシップを見つめて
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       http://iwakinomama.jugem.jp/?eid=49

       一概には言えませんが、私たちの周りでは、放射能から子どもを守る母親の活動に対して、なぜそこまでやるのかと、制限をされてしまう場面が多々見受けられるようになりました。

      私たちのやっていることは、主婦の範疇を越えていると言われるかもしれませんが

      それだけのことが起こっているからであり、これは他にやる人がいないから、私たちがやるしかないという、苦渋の決断のことでした。

      私たちは、この問題に真剣であり、今、何を差し置いてもやらなければならないことだと思っています。

      原発事故が起こったというのに、いまだに子どもたちは守られることなく放置されており、早くなんとかしなければと私たちは焦っているのです。

      責任の所在も追及できないまま、原発事故の被害については、被曝県である福島県自らも大したことはないと言っており、風評被害という言葉で蓋をしようとしています。

      それに対して納得して受け入れるように、六魂祭には地元の人々も出かけて行ってしまったようです。

      全国のニュースでその姿がとらえられ、よかったと話す姿をクローズアップされ、もうもとに戻ったというイメージを植え付けられていくその様子を、悲しみの目で見つめる存在はどれくらいであったでしょうか。

      その先にあるものは原発の再稼働であるということを、理解できている人は、どれほどいるのでしょうか。

      原発事故は大したことはない。

      そうしてしまいたい思惑を、福島県民自らが受け入れてしまっていいのでしょうか。

      それとこれとは違うかもしれませんが、私たちが子どもを守りたいという思いには、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという、平和を願う思いが含まれています。

      原発事故後、母親は本能でいち早く察知して、子どもを守るために様々なことを学び、動きながら現在に至りますが

      父親はと言えば、何が起こっているかは分かっていても、忙しさもあってか、それは母親に任せたというパターンが多いのではと思います。

      母親は我が子を守るために、アンテナを張り巡らせ、様々なことを学んできました。

      同じような考えの人と出会い、情報を交換して、保養にも出かけることにもなり、保養先では様々な刺激的な出会いもあったり、知らなかった世界を知ることにもなり、新たな自分も発見したことでしょう。

      学校とのやり取りは、心身共に疲れるもので、母親ひとりにかかるプレッシャーは、相当なものであったと思います。

      いろんなことを乗り越えながら、新たな出会いも重ね、あれから2年の間に、私たちは本当に様々なことを経験することとなりました。

      今まで大切だと思ってきたことがどうでもよくなったり、今までお付き合いをして来た相手が、今となっては全く心の通わない相手になってしまったり・・・

      あの日を境に、私たちは、いろんなことが変わってしまいました。

      目には見えない放射能というものが見せてくれたものは、悲しみや苦しみを超えた絶望でしたが、そういった圧倒的なダメージから得たものもあり、それは、『ここにしかないリアル』ではないかと、そんな風に感じます。

      『ここにしかないリアル』以外は何を見ても何を聞いてもリアルとは思えず、すべてが嘘っぱちにしか思えない。

      ほんとに全てが変わってしまいました。

      そんな絶望を手に入れた私たちは、子どもを守るためには時に鬼になることもあり、望まない戦いをすることにもなってしまいました。

      平和を願えばこそ戦わなければならないという悲しみは、言葉に表せるものではありません。

      このようなことは、想定もしていなかったことでしたが、原発事故という出来事は、私たちを鬼に変えてしまったのです。

      鬼という定義はいろいろあると思いますが、気がつけば鬼に仕立て上げられたという表現が、今はしっくりときています。

      人と違うことを言えば好奇の目で見られ、分断を恐れず主張する姿は強い存在として脅威とされ、気がつけば、私たちが恐れる対象はどんどん少なくなって、その間には涙も枯れ果ててしまいました。

      母親が子どもを守りたいという思いを覆すことは、とても難しいことでしょう。

      なぜなら、そこにはなんの見返りを期待することもない、圧倒的な母性というものが存在しているからです。

      変わってしまった妻のことを理解できない夫たちは、必死でもとに戻そうと、あの手この手で脅しをかけてきますが、私たちはもう、そんなものに怯えるほど弱くはありません。

      我が子のことだけ守っていろという父親の言葉に幻滅し、その世界の狭さに愛想を尽かしていきます。

      あなたの子どもを守るためには、全ての子どもを守らなければならないという意味を理解できず、気がつけば遠いところに行ってしまった妻を相手に、悪あがきを続けるのです。

      厳しい表現を使ってしまいますが、本当にそのようなことが起こっており、共に子どもを守ろうと奮闘しているママが、そのようなところに立たされてしまっている時には、枯れてしまったはずの涙がこみ上げます。

      向いているところが違うということに気づきながら、これ以上がっかりさせないで下さいと、夫の言動になるべく意識を向けないようにしているということは、今は内緒にしておかなければなりません。

      離れてしまった心、冷えてしまった心は、なかなかもとには戻りません。

      離婚が増えているというのは、妻が夫にがっかりしてしまった気持ちを、修復させることができなかったという結果です。

      子どもを守る母親をサポートできない夫の姿は、本当に哀れなものです。

      世のお父さんたちには、妻の本質をきちんと見つめて頂きたいのです。

      保養に子どもを連れて行きたいと言えば、『俺の飯はどうするんだ』という、聞きたくはなかった言葉が返ってきたり、寂しさを我慢できないという理由で、反対をされるという話も耳にします。

      最後の決め手は『誰の稼いだ金だと思っているんだ』というセリフであり、そんな言葉を言われた時には、最後の鐘が鳴ってしまいます。

      今まで経験したことのなかった様々なことを受け入れることは難しいかもしれませんが、もしもあなたの妻が母親として鈍感で、絶体絶命の瞬間に子どもを守ろうとしない母親であったなら、あなたは妻を愛すことができますか?

      どうか、自分の妻を誇りに思って下さい。

      あなたの愛する人は、素晴らしい母親です。

      お父さん、どうかお母さんを支えて下さい。

      戦うことになど慣れてはいないのに、子どもを守るために必死で戦っている妻を、『よく頑張っているね』と、労ってはもらえませんか?

      お母さんたちはあの日から、肩には力が入りっぱなしです。

      せめてパートナーに頼ることができたなら、その疲れもきっと和らぐことでしょう。

      お父さん、どうか、お願い致します。

      posted by: クリキンディ | 母親たちの苦悩 | 00:46 | - | trackbacks(0) | - | - |
      一歩踏み出す勇気のみなもと
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         このような活動をしていると、なにか特別の存在のように見られてしまいますが、そんなことはないということをお伝えします。

        もともとは、至って普通に子育てをしている、なんの特別なことをしている訳でもないひとりの母親でした。

        原発事故が起こり、世の中の流れに危機感を抱いたところから、なにかスイッチが入ってしまったのかもしれない・・・自分でもそれはよく分かりません。

        このような『子どもたちを放射能の影響から守るための活動』というものは、とても敷居が高くて、特別な知識や特別な意識、そして行動力がなければ近づくことができない・・・

        そんな声を耳にするようになりました。

        子どもを守りたいという思いは同じで、食の安全や保養情報など、詳しく調べて子どもを守っているお母さんの存在は、思っているほど少なくはないというのが、原発事故から2年が経った今、なんとなく分かってきたことです。

        子どもを守りたいと声を上げている親が少数になっている今、その思いを教育現場に伝えることは、とても勇気がいることです。

        きっと、もうそれはしたくないと思うほど、いろんなことがあって、お母さんたちは疲れています。

        私自身のことで言えば、私が先生に物申すことを子どもが嫌がるようになり、伝えたいことやお願いしたいことがたくさんあるのにも関わらず、それを言うと娘が辛い思いをするため、今となってはじっと我慢をしている状態です。

        現場の対応には限界があり、上へ上へと責任を棚上げされた状態でもあります。

        ならば行政に働きかけるしかないと、原発事故後、初めての経験もたくさんすることになりました。

        議員さんの存在なども、果てしなく遠い存在でしたので、その扉を開けるのには勇気も要りました。

        議会の傍聴を経験するようになり、要望や請願などで私たちと同じように声を上げている議員さんに力を貸して頂くことになり

        それに対する議会の反応などを見て、なるほどこの会派は、この議員さんはそういう意見なのかと、少しずつ雰囲気を知ることにもなりました。

        何よりも衝撃的だったのは、大飯原発の再稼働に反対をしなかった議員さんが多数であったということでした。

        反対をしなかった理由は『大飯町長の苦渋の決断に対して反対はできない』というものでした。

        ここいわき市の議会というものに失望したというのが本音です。

        しかし、それを許してしまっているのは私たち市民です。

        市民が変わらなければ議会を変えることはできず、行政を変えることはできないというのが、原発事故がきっかけで知ることになった現実でした。

        誰かに任せておけばどうにかなるだろうなどという他力本願な生き方が、この現実を作ってきてしまいました。

        いわき市の選挙の際の投票率は50パーセントです。

        いろんなことが諦めムードで、こんなにも大変なことが起こったというのに、現状を変えたいという思いを奪うほど、事故後の対応は進んでいません。

        同じように子どもを守るための活動をしている仲間、それも最前線で動いている仲間と、そのきっかけについてや立ち上げについてのエピソードを語り合う場面がありました。

        目立つことはするな。

        なぜお前がやらなければならないのか。

        こんなセリフを夫から聞くことは、なによりも悲しい現実です。

        それでも誰かがやらなければ子どもたちを守ることはできない。

        彼女はご主人の前に座り、『子どもたちの命を守るために、どうかお願いします。活動することを許してください』と土下座をしたそうです。

        その話を聞いて、涙がとめどなく溢れました。

        夫からも姑や親戚からも、そんな特別なことはしないでほしい、世間体が悪いと言われ

        女は一歩下がってなどという価値観も、時代錯誤かもしれませんがしっかりと存在します。

        市民が声を上げることが特別なこの土地で、声を上げてアクションを起こすことは想像以上に大変でもあります。

        しかし、目立つことをしてはいけない、原発の話はタブーというのも、なんとなく作られてきたイメージによるコントロールであり、それを当たり前にしていかなければ未来を変えることはできません。

        市民のちからはそんなに小さいものではないということを証明するのは、ひとりひとりの思いです。

        いくら声を上げても、声が集まらなければ効果はありません。

        人生の幕を閉じる時、この世の中が少しはましになっていればいいなと思いますが、原発のことを思うと、負の遺産を子孫に渡してしまうことに胸が痛みます。

        今の子どもたちがそこで作業をしているのですから・・・

        今を変えなければ。

        今がそのチャンスです。
        posted by: クリキンディ | 母親たちの苦悩 | 17:26 | - | trackbacks(0) | - | - |