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    急ぐ復興は誰のため?
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      リスクを防ぐために防護を促すはずのリスクコミュニケーションが、「事態はたいしたことがないのに、不安に思う心に問題がある」とされながら、不安な心を取り除くために展開されていることにより、事故の影響に対し危機意識を持つことは阻まれ、それによってできるはずの防護もできずに、人々は無駄な被曝を重ねています。
       
      そのリスクコミュニケーションが、原発を推進する側が幹部を務める法人が税金を使って担っているという構図を見れば、「せめて影響を受けやすい子どもたちには予防を」と、いくら防護を呼びかけても、全く歯が立たないという虚しさでいっぱいになります。
       
      原発事故の健康不安対策 原発関連財団請け負い
      http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201511/CK2015112502000121.html
       
      原発事故から間もなく5年を迎えますが、この事故の責任はいまだに誰も取らないために、被害を受けた市民は、自分たちの力でもとの生活を取り戻さなければならず、痛みを受けていても受けていないと言わなければならない復興は、一体誰のためなのかという事態を招いてしまっています。
       
      影響を受けていない・・・つまり汚染の実態がないと言ってしまえば、様々な補償や賠償の必要性はなくなってしまうわけですが、それでも被害者は、権利を求めることすら放棄しながら、元気に頑張っている姿をアピールしなければなりません。
       
      「影響は受けていない、これは風評被害なんだから大丈夫だ」とアピールをすれば、その先には、自主避難者の避難の権利は奪われ、強制避難を強いられている双葉郡までもが帰還の対象となって、「帰ることができるのに帰らないことを選択している」と自己責任を取らされるという理不尽さが待っています。
       
      また、健康被害がどのような形で表れるかも分からない、未曽有の大事態であるという意識も奪われしまっていますが、たとえば癌に至らずとも、なにかしらの不調があった場合、原発事故の影響の可能性があるのでは?と考えることも否定されてしまうということになります。
       
      小児甲状腺癌の原因すら、原発事故との因果関係を認めていないということは、つまりそのようなことになるということです。
       
      まだまだ結果を出すには早すぎることばかりでありながら、「影響はない」と断定してしまう強行さには、この国のあり方がよく表れていると感じます。
       
      人々の捉え方によって分断を強いられてしまったあの混乱の時に、事態を封じ込めるための様々な思惑までを受け入れてしまい、「風評被害」だとしてしまった結果、気が付けば、このようなことになったのだと思いますが、原発事故によって何を奪われ、それによって未来がどのように展開していくのかということを、一歩下がって客観的に見つめて軌道修正しなければ、取り返しのつかないことになってしまうのではないかと焦る気持ちでいっぱいです。
       
      被曝量「国内外で差はない」 福島高生、英学術誌に論文
      http://www.minyu-net.com/news/news/FM20151127-031204.php
       
      子どもを使った安全アピールも溢れていますが、未来ある高校生たちに、このような結論を出させ、防護ではなく被曝を重ねさせながら事故を葬るために利用しているこの事態の深刻さは、とても異様なものです。
       
      こんなことをしてでも急がなければならない復興は、誰のためなのでしょうか。
       
      それは、これから生きる未来ある子どもたちのためではなく、原発事故をなかったことにしてしまいたいという意図を持つ存在のためなのでしょう。
       
      被害を受けた市民たちは、郷土愛を利用されながら事態の過小評価のため、事故の封印のため、安全神話再構築のためにはたらかされてしまっています。
       
      原発は経済活動である以上、事故が起こってしまえば必ずこのようなことになり、大切なものを手放しながら事故の実態を隠さなければ復興することはできません。
       
      目には見えない放射能汚染を生み出す原発事故は、当事者が当事者であることを自覚することが難しく、福島の問題として幕引きをしてしまえば、この支配構造から抜け出すことは難しいのだと思います。
       
      火を着けた者が消しながらも利益を受け取り続けるという構図に対して、大きな理不尽さを感じ、心が動き、身体が動き、変えるための動きに至るためには、一体なにが必要なのか、どこがカギを握っているのだろうかと見つめています。
       
      理不尽さに敏感であるかどうかの分かれ道・・・
       
      これまでも存在していたすべての問題に共通することだなと、鈍感だった自分を恥じる日々でもあります。

       
      posted by: クリキンディ | リスクコミュニケーション | 17:55 | - | trackbacks(0) | - | - |