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    あれから5年、原発事故のまとめの時
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      「あれから5年」という言葉を目にするたびに、これでいよいよ幕引きか・・・という虚しさが込み上げます。

      5年前のあの時は卒業シーズンでもあり、新入学を目前に控えた希望の時でもありました。

      あの年の桜がいつもとはまったく違って見えて、その姿を綺麗だと思うことにすら後ろめたさを感じたことを思い出しますが、野に咲く花やサラサラと流れる小川、キラキラと輝く新緑の美しさなど、当たり前だと思っていた景色が汚れてしまったという現実を受け入れることはとても難しく、奪われたものの大きさを自覚することや、目には見えない被害と向き合うことには、その後さらに難しさが増していくこととなりました。

      この5年でなにが変わったかと言えば、そういった難しさを抱え続けること、自覚し続けることから解放されて、もとのように暮らすことを選ばざるを得ない状況に拍車がかかったといういうだけで、汚染の事実が消し去られたわけも、人々が救済されたわけでもありません。

      影響を受けやすい子どもたちさえも守られず、被曝の影響は過小に見積もられ、受け入れることを強いられ続けています。

      汚染がありながらなぜそこに住み続けるのかという質問は、これまで何度も何度も投げられてきましたが、なぜ住み続けなければいけないのかの根本的な原因を探り、人々に理不尽さを強いるこの社会構造を変えるためにはどうしたらいいのかと探ることをしなければ、問題が前進することはないのだと思います。

      人々の選択に目線を集中させるのではなく、その選択に至った原因に目を向けて、共に権利を主張し、改善に向けて具体的に動くという流れが起こっていくことを願い続けます。

      「人々の権利を奪い、一生を狂わせた恐ろしい原発事故」は、このように表現をすることすらもそのうち禁じられる時が来るのではないかと感じるほどの強引さで、必死の幕引きが行われてきた5年間でした。

      しかし、その必死の幕引きをさせまいと必死に抗う人々は「特別な活動家」というカテゴリーに入れられてしまうため、声を挙げることすらも、容易なことではありません。

      同じ立ち位置に居ながらもその目線が生まれる理由についてはとても根の深い問題で、人と違う意見を持つことやそれを表明するということはとても大きな恐怖なのだと感じます。

      例えば楽しいイベントや、役に立つセミナーやシンポジウムなどを催して人々を集め、そこに参加すれば「不安を手放して安心を受け入れた」人数にカウントされることになるリスクコミュニケーション事業が、原発事故の幕引きのために行われているということも、世の中の理不尽さに抗う目線がなければ理解することは難しいのかもしれません。

      大切なものを守るためには、この社会がなにを目指し、どこに向かおうとしているのかを根本から見つめなければならないのですが、5年が経った今も麻痺状態を促す流れにのみ込まれずに真実を追及し続けるということは、とても難しいというのが正直なところです。

      「人々の権利を奪い一生を狂わせた恐ろしい原発事故」の後、まさかの再稼働に至ってしまったことは受け入れがたい悲しみですが、原発を推進する力に加わってしまう「それでも信じ続けたい」という思いを否定せずに、つながりながら歩みを共にしていくためには、どうしたらいいのかと、心を鎮めながら願う日々です。











       
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      posted by: クリキンディ | 過ぎていく時間の中で | 11:33 | - | trackbacks(0) | - | - |